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旧友同士の回想  -蜷川幸雄氏と医療法人髙仁会会長高橋正和氏との対談より―

高齢者施設での回想法

回想法とは、昔の写真や音楽,家庭用品などを用いて、昔の思い出を想起し語り合う心理療法の一種です。回想法はマンツーマンで行う個人回想法と複数のメンバーで行うグループ回想法とがあります。高齢施設内での回想法の参加者は、施設利用者と施設スタッフで行われますが、友人同士の回想法は、友人が施設内にいるとは限らず実現は容易ではありません。

さらに友人の中でも旧友との回想法は高齢者施設内で行うことは一般的ではありません。

 

演出家 蜷川幸雄氏と医療法人髙仁会会長 高橋正和氏との対談 

-一番大事なのはチームワーク-

2014年某日、両氏の対談は行われました。対談の内容は「髙仁会創立61周年記念誌」に記されています。その頃、蜷川氏は肺の病気のため仕事の合間に酸素ボンベで酸素を吸っていたと対談の中で述べられています。蜷川氏は厳しい演技指導がよく知られていますが、稽古中に灰皿を投げることもあったようです。しかし、この対談の中では、蜷川氏が旧友の髙橋会長との会話を率直に楽しんでいる様子が手に取るように伝わってきます。お互い率直に知りたいことを相手に聴く、率直に相手に説明をするという会話ですが、仲のいい友人ではないとこれほど率直には語りあえません。例えば、対談の相手が専門家の場合、語り手がこの人には話したくないこと、率直には言いにくいことなどがあるのが通常です。よく相手のことを知っている友人同士だと、自分の話すことが聞き手に許されることが予想でき、知らない専門家より話せることが多いと思われます。

対談の中で、蜷川氏は芝居に関わる人に関して、「一番大事なのはチームワークなんだよ。それを乱す役者が一人いるだけでもガタガタになってしまう。」と述べています。また、劇団制に関して、「集団は必ず腐るんです。小さなグループに分かれたり、その中に親分ができたりして崩れてくる。だから劇団そのものが、古い人、権威のある人を作り、結果的に自滅していくんです。」と述べられています。これは、現場を知らない批評家からの言葉ではなく、質の高い作品作りを追求されている経験豊富な実践者の英知とも受け取れます。あらゆる業界でチームワークは重要と思われますが、チームワークを乱す人に文句も言えないチームはたくさん存在するでしょう。高齢者施設でも、チームワークが大事だとは昔から言われています。チームワークがうまくいかないと、バラバラのケアになってしまいます。

 

-面倒くさいこと、汚いこと、恥ずかしいことを避けて、何もしないで動かない価値観-

対談の中で、蜷川氏が今の若者に対して「やはり面倒なことはいやかな。」と述べたことに対して、髙橋会長は、「面倒くさいこと、汚いこと、恥ずかしいことを避けて、何もしないで動かないっていう価値観なんだと思います。」と返答されています。加藤諦三著「自分の働き方に気づく心理学」によると、競争社会が生んだゆがんだ価値観が指摘されています。社会的評価を得るために、幸せになれない人は、やりたい仕事より、社会的評価を得たいという仕事を考え、間違った目標に固執することが述べられています。面倒くさいこと、汚いことは人任せ、大事なことは人任せ、社会的評価に関係のない面倒くさいことを人任せにする人と自分の評価に固執している仕事優先の人とは共通するところがあるのかもしれません。

 

旧友同士の回想

専門家との回想とは異なり、旧友との昔話は思い出に花が咲くことがあります。あかの他人からは言いにくいこと、昔の失敗した話なども専門家から聞かれると嫌なことでも、旧友に聴かれれば率直に笑って話し合える。懐かしいとなる。専門家からの話しかけで、懐かしいことを思い出し語ることもできるが、旧友同士が同じことを経験した思い出をともに分かち合うことは専門家にはできません。旧友と過ごした時間がその人にとって、何よりもの財産になっていることがあります。

対談の最後、髙橋会長は、蜷川氏の芝居に対するメーセージを送っています。蜷川氏は、「それは僕に対する髙橋からの贈る言葉として受け止めることにします。」と締めくくっています。その2年後の2016年に蜷川氏は旅立たれました。

 

旧友同士の回想と今後の課題

この対談は回想法ではありません。しかし、人生の中のある時期に必要な回想(人生の振り返り)を考えるうえで、この対談は大変参考になります。従来の専門家とクライアントの回想法では、この対談のような話の展開はできません。この会談から、死の前までに、旧友同士で昔を懐かしむ話、その人が素になれる回想(人生の振り返り)は、専門家だけでは実現できないことがわかりました。精神科医の高度なスキルによって、蜷川氏の貴重な意見を引き出すことができたことは明らかです。さらに、友人という要因があったため、喜びともとれる思いの詰まったコメントが蜷川氏から話されたことでしょう。

当施設の利用者の方の中の多くは、自由に外出できる移動能力がなく、旧友には会えない人が多いようです。死期が近くなり、旧友と話せることは多くの方にとって喜ばしいことでしょう。一人で外出できなくなった人もICTなどを利用して、旧友と話せて、旧友同士の回想が可能となるかもしれません。しかし、一人で外出できない人がICTを利用せず、直接旧友に会える機会ができるといいですね。

作業療法士K.I.

 

参考文献

1,発行人 髙橋正和:創立61周年記念誌      医療法人髙仁会 2014年

2,加藤諦三著:自分の働き方に気づく心理学       青春出版社 2016年

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